介護(デイケア)の現場からのご要望により、なぞり書き「泉鏡花/婦系図(おんなけいず)」を追加いたしました。

【認知症初期の記録①】財布に現金があるのに「お金がない」と言う母

認知症初期の記録①

この連載では、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモを手がかりに、母・鮨子の認知症初期に起きていた出来事を、家族の視点から振り返ります。

2021年2月の介護認定調査用メモを読み返すと、「金銭管理」の最初に書かれていたのは、財布の中に現金が入っているのに、鮨子が「お金がない」と言うようになったことでした。

当時は、財布をどこへ置いたのか分からなくなっただけなのか、単なる勘違いなのか、私にも判断できませんでした。しかし、同じような出来事が何度も繰り返されるうちに、少しずつ違和感が大きくなっていきました。

本文中の名前は仮名です。当時の記録をもとに、出来事の趣旨を変えない範囲で文章や時系列を整えています。

財布には、きちんと現金が入っていた

鮨子は、財布を探しながら「現金がない」「お金を持っていない」と訴えるようになりました。ところが、一緒に財布の中を確認すると、紙幣も小銭も入っています。

財布そのものを紛失しているわけではありません。目の前の財布に現金が入っていても、それを「自分が使えるお金」として認識できていないように見えました。

一度だけなら、誰にでもある見落としかもしれません。しかし、私が実家へ顔を出すたびに、鮨子は財布を探していることが多くなりました。「また財布を探しているな」と感じる場面が、少しずつ日常になっていったのです。

見つけた一万円札を、私に渡そうとする

鮨子は、財布の中から自分でお金を見つけると、今度は一万円札を私へ渡そうとしました。「お小遣いとして持っていってほしい」という気持ちだったのだと思います。

若い頃の鮨子は、臨時収入などがあると、よく似た雰囲気で私にお小遣いをくれました。母子家庭で昼も夜も働きながら私を育ててくれた人ですから、自分に余裕があるときは、息子にも何かしてあげたいという気持ちがあったのでしょう。

年金生活になり、決してお金に余裕がある状態ではありません。それでも迷わず一万円札を差し出そうとする鮨子を見ていると、認知症が進み始めても、息子に何かしてあげたいという母の愛情は残っているのだと感じました。

温かい場面の中にあった違和感

一万円札を渡そうとしてくれることだけを見れば、昔と変わらない母の姿です。しかし、少し前まで「お金がない」と困っていたことや、実家へ行くたびに同じようなことが繰り返される点には、これまでとは違うものを感じました。

財布の場所が分からないだけではなく、財布の中に何が入っているのか、自分が今どれくらいお金を持っているのか、生活の中でいくらまで使ってよいのかということが、少しずつ結びつかなくなっていたのかもしれません。

当時の私は、「財布をなくさないように気をつければよい」と考えていました。しかし今振り返ると、問題は財布の置き場所だけではありませんでした。現金の有無や金額を把握し、その場に合った判断をすること自体が難しくなり始めていたように思います。

「財布を探している」が最初の手がかりになった

家族が毎日のように財布や通帳を探していても、最初は「年を取れば忘れ物も増える」と考えてしまいます。私も、鮨子が認知症だから財布を探しているとは、すぐには結びつけられませんでした。

ただし、同じ物を繰り返し探すことに加えて、見つけても中身を把握できない、直前に言っていたことと反対の行動を取る、生活状況に合わない高額なお金を渡そうとするといった変化が重なると、単なる物忘れとは少し違う印象になってきます。

この時期の出来事を介護認定調査用のメモへ具体的に残していたことは、後から鮨子の変化を説明するうえで役立ちました。「最近、お金の管理がおかしい」とだけ伝えるより、実際に起きた場面を記録しておく方が、本人の状態を伝えやすくなります。

家族が記録しておくとよいこと

財布やお金に関する違和感が続く場合は、本人を責めたり、その場ですぐに結論を出したりする前に、具体的な出来事を記録しておくと相談の際に役立ちます。

  • いつ、どこで起きたか
  • 本人が実際にどのような言葉を使ったか
  • 財布の中にどれくらい現金が入っていたか
  • 同じ出来事がどのくらいの頻度で起きたか
  • 買い物や支払いでも変化が起きていないか
  • 財布以外の物も繰り返し探していないか

家族の記憶だけに頼ると、いつから、どの程度変化したのかが分からなくなります。短いメモでも残しておくと、受診、介護認定調査、ケアマネジャーへの相談などで説明しやすくなります。

財布を探すことや、お金の計算を間違えることだけで認知症とは判断できません。以前とは違う言動が繰り返され、ほかの日常生活にも変化が見られる場合は、かかりつけ医、もの忘れ外来、地域包括支援センターなどへご相談ください。

今振り返って思うこと

「財布にお金があるのに、お金がないと言う」という出来事は、当時の私には小さな違和感の一つでした。その後に起きるさまざまな金銭管理の問題を知った今では、もっと早く鮨子のお金の使い方や通帳の動きを、一緒に確認しておけばよかったとも思います。

ただ、本人にとって財布やお金は、自分で生活してきた証しでもあります。心配だからと急にすべてを取り上げれば、本人の不安や反発を強める可能性もあります。できなくなったことだけを見るのではなく、本人の気持ちや誇りを守りながら、少しずつ支援方法を考える必要がありました。

一万円札を差し出そうとする鮨子の姿には、判断の難しさと同時に、昔から変わらない母の愛情がありました。この二つが同時に存在していることが、認知症の家族と向き合う難しさなのだと思います。

次回の記録

次回は、買い物の支払いで小銭を使わず、毎回のように一万円札を渡すようになった鮨子と、なぜか増え続けていった財布の小銭について振り返ります。

登場人物について

鮨子、日和鷹、日和嫁、Gさんについては、次の記事で紹介しています。

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