この記事は、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモをもとに、当時の出来事や家族の対応を振り返って書いています。本文では、母を「鮨子」、長男である私を「日和鷹」、妻を「日和嫁」、母の事実婚のパートナーを「Gさん」という仮名で記載しています。
母・鮨子の自宅を訪れると、部屋の中を行ったり来たりしながら、引き出しや手提げ袋を順番に開けていることが増えました。何かを探しているようなので、「何を探しているの?」と尋ねます。
すると母は、困ったような顔をして答えました。
「何だったかしら。何かを探していたんだけれど……」
探していた物だけでなく、探し始めた理由そのものも忘れていました。それでも、何かが足りないような不安は残っているのか、母は再び引き出しを開け、部屋の中を探し始めます。
いつも何かを探しているようになった
母の探し物は、鍵や財布など、日常的に使う物だけではありませんでした。通帳、印鑑、病院の予約票、保険証、昔の手紙など、さまざまな物を探していました。
何を探しているのか尋ねても、すぐに答えられるときと、まったく思い出せないときがあります。探している物が見つかったとしても、それで行動が終わるとは限りませんでした。
しばらくすると、母はまた同じ場所を探し始めます。家族から見ると、母は一日の多くの時間を、何かを探すことに使っているように見えました。
診察予約券を見ると、保険証を探し始める
特に分かりやすかったのが、病院の診察予約券と保険証でした。母が診察予約券を見つけると、「病院へ行くには保険証が必要だ」と考え、保険証を探し始めます。
引き出し、財布、手提げ袋、棚の上などを順番に確認します。保険証が見つかると、その場では安心した様子を見せました。
「あった。これで病院へ行けるわね」
ところが、保険証を置いた後に診察予約券が再び目に入ると、母はまた保険証を探し始めました。少し前に保険証を見つけたことも、どこへ置いたのかも、母の中には残っていませんでした。
見つけた直後でも、また新しい探し物になる
家族から見れば、保険証はたった今、一緒に確認したばかりです。そのため、最初の頃は「さっき見つけたでしょう」「そこに置いたよ」と伝えていました。
しかし母にとっては、保険証を見つけた出来事そのものが抜け落ちています。診察予約券を見た瞬間に、「保険証を用意しなければ」という心配が、初めてのこととして生まれていたのだと思います。
過去の出来事を思い出させようとしても、母の不安は解消しませんでした。母が必要としていたのは、「さっき確認した」という説明よりも、今この場で保険証があることを確認して安心することでした。
探している目的も途中で分からなくなる
探し物をしている途中で、母は別の物を見つけます。古い手紙、領収書、写真、別の病院の予約票などが目に入ると、最初の目的から意識が移ってしまいます。
そしてしばらくすると、「私は何をしていたんだっけ」となります。それでも、何かを探していた感覚だけは残っているようで、別の引き出しを開け始めます。
探す、別の物が目に入る、目的を忘れる、それでも不安が残るため再び探す。その繰り返しになっていました。
本人にとっては、必要なことをしていた
家族には、母が意味もなく部屋を探し回っているように見えることがありました。しかし母は、理由もなく同じ行動を繰り返していたわけではありません。
病院へ行くには保険証が必要です。外出には鍵や財布が必要です。大切な書類は、なくさないように確認する必要があります。
母は、自分の生活を守るために必要なことをしようとしていました。ただ、探している理由や、すでに見つけたという記憶を保てなくなり、同じ行動が繰り返されていたのだと思います。
「またなくしたの?」と言いたくなる
何度も同じ場所を探し、同じ質問をされると、家族にも疲れがたまります。仕事や家事の途中で電話があり、「保険証がない」「財布がない」と繰り返し言われることもありました。
探してみると、いつもの場所に置いてあることもあります。そのようなとき、思わず次のように言いたくなります。
「また探しているの?」
「さっき一緒に見つけたでしょう」
「いつもの場所にあるじゃない」
しかし母には、なくしたつもりも、同じことを繰り返しているつもりもありません。家族から責められても、なぜ注意されているのか理解できず、不安や戸惑いだけが残ってしまいます。
見つからない焦りが大きくなっていく
探し始めたばかりの母は、比較的落ち着いていました。ところが、しばらく探しても見つからないと、だんだん表情や声が険しくなります。
引き出しを勢いよく開けたり、袋の中身を全部出したりすることもありました。「誰かが持っていったのではないか」と疑う言葉が出る場合もあります。
以前の記事で書いた通帳や現金への疑いも、物が見つからない焦りと無関係ではなかったのかもしれません。ただし、その時々の母の気持ちを正確に確認できたわけではなく、家族として振り返った推測です。
一緒に探し、本人に見つけてもらう
私たちは、母が何かを探しているとき、できるだけ一緒に確認するようにしました。「知らない」「自分でなくしたのでしょう」と突き放すよりも、「心配だね。一緒に見てみよう」と声をかけます。
家族が先に見つけても、すぐに手渡すのではなく、母の目に入りやすい場所を指して、「この辺りを見てみようか」と伝えることもありました。母自身が見つけた形になると、少し安心した表情を見せることがあったからです。
毎回この方法で落ち着くわけではありません。それでも、間違いを指摘するより、母の不安に付き合う方が、探し物を終えやすい場面がありました。
よく使う物の置き場所を一か所にした
保険証、診察券、お薬手帳など、通院に必要な物は、できるだけ同じ場所へまとめるようにしました。袋やケースを増やしすぎると、どこに入れたか分からなくなるため、一つの分かりやすい入れ物にまとめます。
財布や鍵についても、置き場所を決めました。ただし「ここに置く」と一度説明するだけでは定着しません。
母が別の場所へしまい直してしまうこともありました。そのため、家族が訪問するたびに置き場所を確認し、分かりやすい状態へ戻す必要がありました。
診察予約券を出しっぱなしにしないようにした
保険証探しを繰り返すきっかけは、診察予約券でした。予約券が目に入るたびに、母の中で「病院の準備をしなければ」という不安が生まれます。
そこで、次の通院日がまだ先の場合は、予約券を机の上へ出しっぱなしにしないようにしました。家族が予定を管理し、通院日が近づいてから必要な情報だけを母へ伝えます。
母に何も知らせず隠すというより、母が何度も不安にならないよう、目に入る情報を減らすための対応でした。可能なときは、「次の病院まで家族が預かっておくね」と説明してから管理しました。
物を減らすだけでは解決しなかった
探し物を減らすために、部屋を整理すればよいとも考えました。不要な紙や古い袋を減らせば、大切な物を見つけやすくなるからです。
しかし、母に確認せず物を処分すると、「大切な物を捨てられた」「誰かに持っていかれた」と感じる可能性があります。何が必要で、何が不要なのかという判断も、家族と母では異なります。
そのため、一度に大きく片づけるのではなく、明らかに不要な物から少しずつ整理しました。大切そうな書類は勝手に捨てず、母と確認できる範囲で分けるようにしました。
私たちが行った対応
- 探し物をしている母を責めず、何が心配なのかを聞く
- 「一緒に探そう」と声をかける
- 家族が見つけても、本人が発見できるように手助けする
- 保険証や診察券などを一つの入れ物へまとめる
- 財布や鍵など、よく使う物の置き場所を決める
- 探し物のきっかけになる書類を出しっぱなしにしない
- 古い書類や袋を、本人へ確認しながら少しずつ整理する
- 同じ探し物が増えた時期や状況を記録する
認知症の症状や生活環境は人によって異なります。置き場所を固定する方法が役立つ人もいれば、目印や透明なケース、写真などを加えた方が分かりやすい人もいます。
今なら加えたい小さな工夫
当時は、母から連絡があるたびに一緒に探していました。今振り返ると、次のような仕組みも早い段階で試せたと思います。
- 通院に必要な物を「病院セット」として一つにまとめる
- 入れ物に大きな文字や絵で中身を表示する
- 鍵や財布の定位置を、母が自然に使う場所へ決める
- 引き出しの中身が分かる簡単な表示を付ける
- 家族側でも、大切な物の保管場所を記録する
- 高価な物や再発行が難しい書類は、本人と相談して管理方法を見直す
- 探し始めたら、お茶や散歩など別の行動へ自然に誘う
探し物を完全になくすことよりも、本人が不安になったときに、短い時間で安心できる環境を作ることが大切だったのだと思います。
探し物は、母が感じていた不安の表れでもあった
母は、探している物が何か分からなくなっても、「何か大切な物がない」という感覚を持ち続けていました。理由を思い出せない不安は、家族が考える以上に大きかったのかもしれません。
「何を探しているのか分からないなら、探さなくていい」と言っても、母の不安は消えません。母にとって必要だったのは、正しい答えよりも、「一緒に確認してくれる人がいる」という安心だったように思います。
これは当時の母の様子から家族が感じたことであり、本人の気持ちを断定するものではありません。それでも、探す行動だけを止めようとするより、不安の理由を考えることが、対応を変えるきっかけになりました。
急に探し物や混乱が増えた場合
認知症のある人でも、短期間のうちに急に混乱が強くなった場合は、認知症が進んだだけとは限りません。発熱や感染症、脱水、便秘、痛み、睡眠不足、薬の変更など、体調の変化が影響している可能性もあります。
普段と比べて急に落ち着かなくなった、受け答えが大きく変わった、ぼんやりして反応が鈍い、食事や水分を取れていないなどの変化がある場合は、かかりつけ医などへ相談することが大切です。
この記事について
この記事は、母と家族の介護経験を記録したものです。物を探すことや、置き場所を忘れることだけで、認知症と判断することはできません。探し物が急に増えた場合や、日常生活、体調、意識状態に変化がある場合は、かかりつけ医、専門医、地域包括支援センターなどへご相談ください。
次回は、料理の失敗と火の不始末が増えた話
母の認知症に気づいたきっかけの一つは、年末に家族で食べたすき焼きでした。その日の鍋には具材が三種類ほどしか入っておらず、私が「今年は具材が少ないね」と尋ねると、母は以前何を入れていたのか本気で思い出せない様子でした。
その後、母は料理をするたびに魚を焦がすようになりました。さらに、お茶を飲むために火へかけたやかんを空焚きし、黒く焦がすことも起きました。
次回は、料理の小さな変化から火の危険が増え、家族がガス台を使えないようにして電気ポットへ切り替えた時期を振り返ります。
認知症初期の記録
前回の記事では、寒いと感じていてもエアコンの暖房をつけられず、一緒に買った上着も押し入れへしまってしまった母の様子を振り返っています。


