この記事は、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモをもとに、当時の出来事や家族の対応を振り返って書いています。本文では、母を「鮨子」、長男である私を「日和鷹」、妻を「日和嫁」、母の事実婚のパートナーを「Gさん」という仮名で記載しています。
母・鮨子がアルツハイマー型認知症と診断されたばかりの頃、家族を悩ませたことの一つが服薬でした。
医師から処方された薬を用意しても、母はなかなか自分から飲もうとしません。
薬を見せて理由を説明すると、母は決まってこう言いました。
「私はまだ、薬を飲まなくて大丈夫よ」
認知症が進んで何も分からなくなっていたわけではありません。普通に会話もでき、買い物にも出かけていた時期です。
そのため家族も、単なる飲み忘れなのか、薬を飲みたくないという本人の意思なのか、認知症によって必要性を理解できなくなっているのか、判断に迷っていました。
壁に週間のお薬カレンダーを貼ってみた
最初に試したのは、壁掛け式の週間お薬カレンダーでした。
曜日ごと、朝・昼・夜ごとに薬を入れられるようになっており、その日の分を目で確認できます。
家族としては、薬が目に入る場所にあれば、母も忘れずに飲めるのではないかと考えました。
しかし、母にとって問題だったのは、薬の置き場所や曜日が分からないことだけではありませんでした。
カレンダーに薬が入っていることは分かっていても、「自分にはまだ必要ない」と考えてしまうため、薬はそのまま残っていました。
道具を用意するだけでは、薬を飲む理由までは伝えられなかったのです。
電話で説明すると、その場では飲んでくれた
母は一人では薬を飲みませんでしたが、電話をかけて説明すると、その場では納得してくれました。
「病院でもらった薬だから、今日はこれを飲んでね」
「今、カレンダーの今日のところを見てみて」
そうやって一つずつ説明すると、「そうなのね」と言って飲んでくれます。
そこで私は、仕事や家庭の予定が許す限り、服薬時間に合わせて母へ電話を入れるようになりました。
ただし、毎日決まった時間に電話をかけ続けるのは、簡単なことではありません。
仕事中で電話できない日もあります。電話をしても母が外出中だったり、呼び出し音に気づかなかったりすることもありました。
電話での確認は一定の効果がありましたが、家族が長期間一人で続ける方法としては限界もありました。
もともと薬を飲まない人だった
今振り返ると、母が薬を飲まなかった理由を、すべて認知症だけで説明することはできません。
母はもともと身体が丈夫な方でした。喉風邪をひくことはあっても、薬に頼らず、早く寝て自分の力で治すことを大切にしていました。
「薬を飲まなくても、寝れば治る」
そうした経験を長年積み重ねてきた母にとって、毎日薬を飲み続ける生活は受け入れにくかったのだと思います。
そこへ認知症による記憶や判断力の変化が重なり、「自分には薬が必要だ」という説明を保ち続けることが難しくなっていました。
認知症になったから急に薬を拒むようになったというより、母が元々持っていた考え方が、以前より強く表に出るようになったようにも感じます。
夕食後の薬はGさんにお願いした
母は当時、自宅マンションと、近くに住む事実婚のパートナー・Gさんの家を行き来していました。
夕食はGさんと一緒に食べることが多かったため、夕食後の薬については、Gさんに服薬確認をお願いすることにしました。
一人では飲まない母も、隣にいる人から声をかけてもらえれば飲む可能性があります。
私が毎日すべての時間帯を確認するよりも、日常生活を共にしているGさんに協力してもらう方が、自然な形だと考えました。
Gさんは、渋々ではありましたが、最初は了承してくれました。
しかし、認知症という病気や、毎日の服薬を支える必要性について、十分に理解してもらうことはできませんでした。
「お前が勝手に医者へ連れていって、病気にした」
あるときGさんから、私に向けて次のような言葉がありました。
「お前が勝手に医者へ連れていって、病気にしたんだ」
Gさんには、母が医師から認知症と告げられたことへの戸惑いや、私が母を病人として扱っているように見えた部分もあったのかもしれません。
認知症は、骨折や発熱のように、外から見て分かりやすい病気ではありません。
特に初期の頃は、普段どおり会話できる時間も多く、「本当に病気なのか」「年齢による物忘れではないのか」と周囲が受け止めきれないことがあります。
しかし家族としては、診断を無視することも、薬を飲まない状態をそのままにすることもできませんでした。
診断はすでについていた
母は2020年から、都内の認知症専門クリニックへ通院していました。
診察や認知機能の検査だけでなく、CT検査の結果なども踏まえ、アルツハイマー型認知症と診断されていました。
その後、介護保険の申請を行い、要支援の認定も受けました。
診断内容や認定については、Gさんにも説明していました。
それでも、診断を理解することと、日々変化していく母の状態を受け入れることは別の問題だったのだと思います。
母本人にも、Gさんにも、そして家族にも、「これまでの生活を変えなければならない」という実感が、まだ十分にはありませんでした。
薬を飲ませることだけが目的になっていた
当時の私は、処方された薬を毎日きちんと飲んでもらうことに意識が集中していました。
飲んだか、飲んでいないか。
電話に出たか、出なかったか。
お薬カレンダーから薬がなくなっているか。
しかし母にとっては、なぜ毎日薬を飲まなければならないのかが、よく分からないままだったのだと思います。
理由を理解できないまま薬だけを勧められれば、「自分はまだ必要ない」と拒みたくなるのも無理はありません。
薬を飲むよう繰り返し説得するだけでなく、本人が理解しやすい言葉や方法を、医師や薬剤師も交えて考える必要がありました。
この時期の経験から学んだこと
- お薬カレンダーを置くだけでは、服薬につながらないことがある
- 飲まない理由には、認知症だけでなく、本人が長年持ってきた考え方も影響する
- 電話での声かけは役立つが、家族一人で毎日続けるには負担が大きい
- 同居人やパートナーに頼む場合は、認知症や薬について理解を共有する必要がある
- 家族だけで解決しようとせず、医師、薬剤師、ケアマネジャーなどへ相談することが大切
認知機能が低下すると、決められた時間に薬を飲むことや、飲んだことを覚えておくことが難しくなる場合があります。
家族だけで管理することが難しいときは、服薬回数や剤形について医師・薬剤師へ相談したり、訪問看護や介護サービスを含めて支援方法を検討したりすることも選択肢になります。
薬についての注意
この記事は、家族の介護経験を記録したもので、個別の服薬方法を勧めるものではありません。薬を飲み忘れた場合や、服薬回数・量・時間を変更したい場合は、家族の判断で調整せず、処方した医師または薬剤師へ確認してください。
まだ普通に暮らせていたからこその難しさ
この頃の母は、まだ一人で外出し、買い物をし、Gさんとも日常的に行き来していました。
一見すると、それまでと大きく変わっていないようにも見えます。
だからこそ、「薬くらい自分で飲めるはず」「本人がいらないと言うなら必要ないのでは」と、周囲も考えてしまいがちでした。
しかし、薬を飲むという一つの行動の中にも、時間を確認する、薬を見つける、飲む理由を思い出す、飲んだことを覚えておくという、いくつもの判断が含まれています。
母の生活はまだ自立しているように見えましたが、家族の目や声かけが必要な場面は、少しずつ増えていました。
「まだできること」と「すでに支援が必要なこと」が混在していたことが、認知症初期の難しさだったのだと思います。
次回は、病院へ何度も電話してしまった話
服薬以外にも、医療に関する困りごとは増えていました。
母は、先の日付に入っている予約を見つけると、「今日が病院の日なのに遅刻してしまった」と思い込み、病院へ電話をかけてしまうようになります。
次回は、予約日を勘違いし、週に一度ほどの頻度で病院へ電話していた時期と、家族が通院予定を管理するようになった経緯を振り返ります。


