認知症初期の記録③
この連載では、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモを手がかりに、母・鮨子の認知症初期に起きていた出来事を、家族の視点から振り返ります。
鮨子には、長年愛用している一つの手提げ袋がありました。外出するときだけでなく、自宅で過ごすときにも手元へ置き、必要な物を何でもその中へ入れていました。
最初の頃は、ティッシュ、ボールペン、メモなどがたくさん入っている程度でした。しかし、いつしか通帳や印鑑、さらには自宅マンションの権利書まで入れ、肌身離さず持ち歩くようになりました。
鮨子にとって、その手提げ袋は単なる荷物入れではなくなっていたのでしょう。大切な物をすべて自分のそばへ置いておくための、小さな金庫のような存在になっていました。
本文中の名前は仮名です。当時の記録をもとに、出来事の趣旨を変えない範囲で文章や時系列を整えています。
いつも同じ手提げ袋を持っていた
鮨子は、新しい物よりも、長く使っている物を好むようになっていました。第二話で紹介した財布と同じように、使い慣れた手提げ袋をいつも持ち歩いていました。
袋の中には、大量のティッシュ、何本ものボールペン、同じ内容が書かれたメモ、古い封筒などが入っていました。必要な物を選んで持ち歩くというより、「念のために全部入れておく」という状態に見えました。
中身が増えて袋が重くなっても、鮨子は整理しようとはしません。家族が不要に見える物を取り出そうとすると、「それは必要だから入れてあるの」と言って戻そうとしました。
通帳と印鑑を一緒に持ち歩くようになった
ある時期から、鮨子は銀行の通帳と印鑑も手提げ袋へ入れるようになりました。通帳と印鑑を別々に保管するのではなく、すぐに取り出せるよう同じ袋の中へ入れていました。
私は、紛失したり、どこかへ置き忘れたりすることが心配でした。通帳と印鑑を一緒になくしてしまえば、その後の手続きも大変になります。
「通帳と印鑑は家に置いておいた方が安全だよ」と伝えても、鮨子は納得しませんでした。「自分の物だから自分で持っている」「必要なときにないと困る」と言い、そのまま持ち歩き続けました。
自宅の権利書まで袋の中へ入っていた
さらに驚いたのは、自宅マンションの権利書まで手提げ袋へ入れていたことです。日常の外出に必要な書類ではありませんが、鮨子にとっては最も大切な物の一つだったのでしょう。
自宅に置いたままにすると、どこへしまったのか分からなくなるかもしれない。誰かに取られるかもしれない。そうした不安があったのかもしれません。
鮨子本人から詳しい理由を聞いても、はっきりした答えは返ってきませんでした。ただ、「これは大事な物だから」と言い、手放そうとはしませんでした。
大切な物ほど、手元へ置きたがった
鮨子は、通帳や権利書だけでなく、現金も銀行へ預けるより、自分の手元へ置きたがるようになりました。「銀行に置いておくより、自分で持っていた方が安心」と考えているようでした。
鮨子にとって、自分の目で確認できる場所にあることが安心につながっていたのでしょう。しかし、財布に現金が入っていても「お金がない」と言うことがあったため、実際にどれくらい持っているのかを把握することは難しくなっていました。
「手元に置いておきたい」という気持ちは強いのに、置いた場所や金額は覚えていない。この二つが重なることで、金銭管理は徐々に難しくなっていきました。
タンスのあちこちから現金が見つかる
鮨子の自宅では、タンスの引き出しや衣類の間など、さまざまな場所から現金が見つかるようになりました。本人としては、へそくりのように安全な場所へしまったつもりだったのだと思います。
しかし、一度しまうと、その場所を忘れてしまいます。後から現金が見つかっても、それが自分でしまったお金なのか、いつのものなのか分からなくなっていました。
家族が偶然見つけなければ、そのまま衣類と一緒に処分してしまう可能性もあります。鮨子の部屋を片付けるときは、封筒、箱、古い財布、衣類のポケットなどを簡単に捨てられなくなりました。
手提げ袋の中身を減らそうとしても戻される
手提げ袋があまりに重くなっていたため、私は鮨子と一緒に中身を整理しようとしました。同じ内容のメモや使い終わったティッシュなどを取り出し、本当に必要な物だけを残そうと考えたのです。
ところが、鮨子にとっては、家族が不要と判断した物も大切な物でした。「これは後で使う」「捨てないで」と言われ、取り出した物を再び袋へ戻すこともありました。
通帳や権利書を預かろうとすれば、さらに強く拒否されます。私には安全のための整理でも、鮨子には大切な物を奪われるように感じられたのかもしれません。
「持ち歩かないで」だけでは解決しなかった
家族から見ると、重要書類を持ち歩くことは危険です。しかし、「なくすと困るから持ち歩かないで」と何度説明しても、鮨子の不安はなくなりませんでした。
自宅に置いておけば安全だという家族側の説明よりも、自分のそばにあるという目の前の安心の方が、鮨子には大切だったのでしょう。
今振り返ると、持ち歩く行動だけを止めようとするのではなく、鮨子が何を心配し、なぜ手元へ置きたがるのかを、もっと丁寧に考える必要がありました。
家族が心配していたこと
大切な書類や現金を持ち歩くようになると、家族にはさまざまな心配が生まれます。
- 外出先で手提げ袋ごと置き忘れる
- 通帳と印鑑を一緒に紛失する
- 現金をどこへしまったか分からなくなる
- 本人が知らない相手へ現金を渡してしまう
- 家族が整理したことを「盗られた」と感じる
- 重要な書類を古紙やごみと一緒に捨てる
- 部屋の片付けで現金を見落とす
ただし、心配だからと本人に説明せず、通帳や現金をすべて持ち去ることにも問題があります。本人の不安や家族への疑いを強めないよう、できる限り一緒に確認しながら対応する必要がありました。
当時の記録が役立った
「通帳と印鑑を持ち歩いている」とだけ聞くと、本人なりの管理方法にも見えます。しかし、財布の中身を把握できない、現金を複数の場所へ隠す、書類の保管場所を忘れるといった変化と重ねて記録すると、生活上の支援が必要な状態であることを説明しやすくなりました。
介護認定調査では、「金銭管理ができません」と結論だけを伝えるより、実際に起きた出来事を具体的に伝える方が状況を理解してもらいやすくなります。
記録しておく内容の例
- 何を持ち歩いていたか
- どこへ現金をしまっていたか
- 本人がどのように説明していたか
- 同じ行動がどのくらいの頻度で起きたか
- 紛失や置き忘れがあったか
- 家族が預かろうとした際の反応
今振り返って思うこと
当時の私は、「大切な物は家に置いておくべきだ」と考え、鮨子に何度も説明しました。しかし鮨子にとっては、自分の手元に置いておくことこそが、大切な物を守る方法だったのでしょう。
手提げ袋の中に詰め込まれていたのは、通帳や書類だけではありません。自分の生活や財産を自分で管理していたいという気持ちと、なくしてしまうことへの不安も一緒に入っていたのだと思います。
家族の安全対策と、本人の安心は、必ずしも同じ方向を向いていません。その間で折り合いをつけながら、本人の尊厳を守り、少しずつ支援を増やしていくことの難しさを感じた出来事でした。
これまでの記録
第1話では、財布に現金が入っているのに「お金がない」と言い、見つけた一万円札を日和鷹へ渡そうとした鮨子について振り返っています。
第2話では、買い物のたびに一万円札を出すようになり、古い財布へ小銭が増え続けた出来事を紹介しています。
次回の記録
次回は、自分で銀行から引き出した現金の行方が分からなくなり、「自分は使っていない。長男が勝手に使った」と日和鷹を疑うようになった出来事を振り返ります。
登場人物について
鮨子、日和鷹、日和嫁、Gさんについては、次の記事で紹介しています。


