介護(デイケア)の現場からのご要望により、なぞり書き「泉鏡花/婦系図(おんなけいず)」を追加いたしました。

【認知症初期の記録⑥】通帳を預かった長男が「泥棒」と呼ばれた日

認知症初期の記録⑥

この連載では、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモを手がかりに、母・鮨子の認知症初期に起きていた出来事を、家族の視点から振り返ります。今回は、鮨子の生活資金を守るために通帳を預かった後、家族関係に起きた変化について書きます。

鮨子の通帳から、数十万円単位の現金が繰り返し引き出されるようになりました。銀行へ相談し、通帳の入出金明細を見せながら何度も説明しても、鮨子は出金したことや、その理由を覚えていませんでした。

このままでは、病気や介護が必要になったときの生活資金までなくなってしまう。そう考えた私は、鮨子と話し合い、通帳と印鑑を別々に管理することにしました。私・日和鷹が通帳を預かり、鮨子には印鑑を持ってもらう形です。

ところが、現金を自由に引き出せなくなった後、Gさんから私へ「泥棒」という言葉が向けられるようになりました。鮨子のお金を守るために始めた対応でしたが、その結果、鮨子を長年のパートナーと息子の間で板挟みにしてしまったのです。

本文中の名前は仮名です。銀行名、地域名、正確な出金日や金額などは、個人が特定されにくいよう一部をぼかしています。

また、本記事は当時の記録と日和鷹が確認できた範囲をもとにした家族介護の体験です。特定の人物による違法行為や、現金の最終的な使途を断定するものではありません。

財布の現金についても、位置情報や現金がなくなった時期から当時家族が考えた可能性を記載していますが、実際の受取人や使途を断定するものではありません。

このままでは、鮨子の貯金がなくなってしまう

鮨子の通帳には、毎月のように大きな金額の出金が記録されていました。出金した直後には何らかの理由があったのかもしれませんが、後から尋ねると、鮨子はお金を下ろしたこと自体を覚えていません。

鮨子が長い時間をかけて貯めてきた大切なお金です。今後、入院、治療、介護施設への入居などが必要になれば、まとまった費用がかかります。このまま出金が続けば、本当に必要になったときに使えるお金が残りません。

かといって、本人の通帳を家族が勝手に持ち去ることにも抵抗がありました。鮨子のお金であり、鮨子自身が長年管理してきた財産だからです。

通帳のコピーと説明書きを何枚も作った

私は、通帳の入出金明細をコピーし、大きな出金が行われた日付と金額を分かりやすく記入しました。その横には、「将来の病気や介護のために残しておきたいこと」「現金を下ろすときは日和鷹と一緒に行くこと」などを書きました。

一枚だけでは、鮨子がどこへ置いたか分からなくなります。そのため、同じ内容のプリントを何枚も作り、鮨子へ渡しました。

しかし、鮨子はプリントを読んでも、しばらくすると同じ質問をします。紙を見つけるたびに、「これはどういうことなの」と連絡が来て、私は再び最初から説明しました。

通帳と印鑑を分けることにした

何度も話し合った末、私は通帳を預からせてほしいと伝えました。通帳と印鑑を一人が両方持つのではなく、鮨子と私で分けて保管する方法です。

「お金が必要なときは一緒に銀行へ行く」「生活費や医療費は必要な分をきちんと用意する」と説明しました。鮨子のお金を私が自由に使うためではなく、大きな出金を一度立ち止まって確認するための対応でした。

最終的に、私は通帳を預かることになりました。鮨子が完全に納得していたかは分かりませんが、このままでは貯金を守れないという私の心配を、少しは理解してくれたのだと思います。

鮨子が生活に困らないよう、支払いは別に整えていた

通帳を預かったからといって、鮨子が生活費を使えない状態にしたわけではありません。鮨子が暮らしていた自宅マンションの光熱費や、高齢者向けの配食弁当などは、私のクレジットカードから自動的に支払われる形へ変更していました。

電気、ガス、水道、毎日の食事といった基本的な生活に必要なものは、手元の現金がなくても止まらないようにしていました。通帳を預かった目的は、鮨子の生活を制限することではなく、まとまった金額が本人の記憶に残らないまま引き出され続けることを防ぐためでした。

私は鮨子の口座から、自分のためにお金を引き出したことは一度もありません。残っているお金は、今後の医療費や介護費用、鮨子自身の生活のために守っておくつもりでした。

毎週月曜日、財布へ一万円を補充した

鮨子は、財布に現金が入っていないと強い不安を感じました。そのため、現金をまったく持たせないのではなく、毎週月曜日に一万円を財布へ補充することにしました。

日用品の買い物や、本人が自由に使いたいものへ使えるようにするためのお金です。財布に現金があることを確認すると、鮨子もひとまず安心した様子を見せました。

私としても、鮨子のお金をすべて管理下へ置きたいわけではありませんでした。日常生活の中で本人が自由に使える現金は残しながら、大きな出金だけを一度確認できるようにしたかったのです。

月曜日に入れた一万円が、火曜か水曜にはなくなった

ところが、月曜日に財布へ入れた一万円は、早いときには翌日の火曜日か、水曜日には煙のようになくなっていました。

鮨子に「何を買ったの」と聞いても、本人は覚えていません。財布の中にレシートが残っているとも限らず、一万円が何に使われたのかを確認できないことが続きました。

当時は見守りのため、鮨子が持つスマートフォンの位置情報を確認していました。位置情報を見ると、大型スーパーへ出かけた日の翌日に、財布の現金がなくなっていることが何度かありました。

そのため私は、Gさんとの食料品の買い物などに使われていた可能性を考えました。ただし、誰が現金を受け取り、実際に何を購入したのかを、私が直接確認できたわけではありません。

確実に分かっていたのは、鮨子の生活に必要な支払いを別に確保し、毎週一万円を財布へ補充しても、その現金が数日でなくなり、本人が使途を説明できない状態が続いていたことでした。

通帳も財布の現金も、使途が分からなくなっていった

通帳を預かったことで、数十万円単位の出金はいったん防げるようになりました。しかし、財布へ補充した日常用の現金については、引き続き使途が分からなくなる状態が続きました。

鮨子に自由に使えるお金を持ってもらいたいという気持ちと、本人が覚えていないまま現金がなくなることへの心配。その両方を抱えながら、どこまで家族が管理すべきなのか、私は迷い続けていました。

Gさんから「泥棒」と呼ばれるようになった

通帳を預かったことで、鮨子は通帳と印鑑を持って銀行へ行くことができなくなりました。その後、Gさんから私に向けて「通帳を盗った」「泥棒だ」という趣旨の言葉が投げかけられるようになりました。

私としては、鮨子が自宅で生活に困らないよう、光熱費や配食弁当の支払いを整え、さらに毎週一万円を財布へ入れていました。通帳を預かったことで鮨子の生活費を止めたり、本人のお金を自分のものにしたりしたわけではありません。

それでも、Gさんから見れば、私が通帳を持っていること自体が、鮨子のお金を奪ったように感じられたのかもしれません。私が行っていた生活上の手配を説明しても、双方の認識が重なることはありませんでした。

私は、「一円も下ろしていない」「残っているお金は、鮨子が病気や介護で必要になったときのために守っている」と説明しました。しかし、私の説明を聞き入れてもらうことは難しく、話し合いにはなりませんでした。

Gさんにも、仕事や生活に対する不安があったのかもしれません。ただ、その時点で私には、Gさんの考えや、これまで引き出された現金の最終的な使途をすべて確認することはできませんでした。

酔っている様子での電話が増えた

この頃から、Gさんがお酒を飲んでいると思われる状態で電話をかけてくることが増えました。電話では、通帳を預かったことへの非難や、「泥棒」という言葉などが繰り返されました。

私には、嫌がらせや暴言と感じられる内容でした。電話に出れば言い争いになり、出なければ何度も着信が続くこともあり、精神的に疲れていきました。

鮨子の財産を守りたいという気持ちは変わりません。それでも、この対応によって家族関係が悪化していくことに、私も苦しさを感じていました。

鮨子が二人の間に挟まれてしまった

鮨子にとってGさんは、30年以上にわたって生活を共にしてきた大切なパートナーでした。一方、私は一人息子として、鮨子の将来の生活を守りたいと考えていました。

Gさんからは「通帳を返してもらえ」と言われ、私からは「今後のお金を守るために預からせてほしい」と言われる。鮨子は、長年のパートナーと息子の間に挟まれることになりました。

記憶や判断力が低下し始めている鮨子にとって、この状況を整理し、どちらかを選ぶことは難しかったと思います。鮨子自身が一番不安で、つらい立場だったのかもしれません。

正しいことをしているはずなのに、後ろめたかった

私は、鮨子の財産を自分のものにしたいわけではありませんでした。貯金がなくなれば、最後に困るのは鮨子本人です。そのために必要な対応だと、自分へ何度も言い聞かせました。

それでも、「母親から通帳を取り上げた」「長年のパートナーとの関係へ息子が割って入った」という思いは残りました。鮨子が困った顔をしていると、本当にこれでよかったのかと迷いました。

正しい対応を選べば気持ちも晴れるとは限りません。介護では、本人の安全を守るための判断が、本人や周囲の人を傷つけることがあります。その矛盾を抱えたまま進むしかない時期でした。

家族だけで管理を始める怖さ

家族が通帳を預かれば、まとまった出金を一時的に防ぐことはできます。しかし、家族が単独で管理を始めると、その家族自身が「お金を使ったのではないか」と疑われる可能性もあります。

本人から疑われることもあれば、ほかの親族や関係者から疑われることもあります。善意で管理していても、記録がなければ、後から何をしたのか説明できません。

家族が金銭管理を手伝う場合に残したい記録

  • 預かった通帳、印鑑、カード、現金の一覧
  • 管理を始めた時点の預金残高
  • 通帳の入出金明細のコピー
  • 本人へ説明した内容と日付
  • 生活費や医療費などで支払った金額
  • 領収書、請求書、振込記録
  • 本人へ渡した現金の金額と日付
  • 銀行や支援機関へ相談した内容

鮨子のお金と家族のお金を完全に分けることも重要です。記録を残すことは本人の財産を守るだけでなく、管理を担当する家族自身を守ることにもつながります。

第三者へ相談する必要があった

当時は銀行へ相談していましたが、今振り返ると、地域包括支援センター、社会福祉協議会、医療・介護の担当者などにも、より早く状況を共有するべきでした。

家族が通帳を持つか、本人へ返すかという二者択一ではなく、本人の状態に応じて日常的な金銭管理を支援する制度や、成年後見制度などを検討する方法もあります。

また、本人の意思に反して財産が使われている可能性がある場合や、生活費・医療費を確保できない状態では、家族だけで相手と対立しないことも大切です。事実関係を記録したうえで、公的な相談窓口へつなげる必要があります。

本人の財産が不当に使われている可能性がある場合でも、家族だけで経済的虐待や犯罪と断定することはできません。緊急性の有無を含め、地域包括支援センター、市区町村の高齢者相談窓口、金融機関、弁護士や司法書士などへご相談ください。
家族が通帳を預かることと、本人に代わって自由に預金取引を行えることは別の問題です。代理人制度や必要な手続きは金融機関ごとに異なるため、実際の管理方法は取引先の金融機関や専門家へ確認してください。

今振り返って思うこと

私は、鮨子のお金を守ろうとして通帳を預かりました。その判断自体を、今でも間違いだったとは思っていません。残ったお金は、その後の鮨子の生活や医療、介護のために必要になりました。

ただし、家族だけで決断し、家族だけで管理を背負ったことで、私自身が疑いや非難の矢面に立つことになりました。鮨子にも、長年のパートナーと息子の間で苦しい思いをさせてしまいました。

もっと早い段階で第三者へ相談し、管理方法を一緒に考えてもらっていれば、誰か一人が悪者になる形を避けられたのかもしれません。本人の財産を守ることと、本人の人間関係を守ることの両方が必要だったと感じています。

金銭管理編を振り返って

鮨子の金銭管理の変化は、財布の中に現金があるのに「お金がない」と言う小さな違和感から始まりました。その後、一万円札での支払い、通帳や権利書の持ち歩き、まとまった出金、家族への疑いへと、少しずつ深刻になっていきました。

一つ一つの出来事だけを見れば、年齢による変化や本人なりの習慣にも見えます。しかし、複数の変化が重なり、日常生活や将来の生活資金に影響し始めたとき、家族だけでは対応できない段階に入っていました。

今後、同じような状況を経験しているご家族が、早めに記録を残し、銀行や地域の相談窓口へつながるきっかけになればと思います。

これまでの記録

次回の記録

次回からは「医療編」に入ります。壁にお薬カレンダーを用意しても、「私はまだ飲まなくて大丈夫」と薬を飲まなかった鮨子と、Gさんへ服薬管理をお願いすることになった時期を振り返ります。

登場人物について

鮨子、日和鷹、日和嫁、Gさんについては、次の記事で紹介しています。

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