介護(デイケア)の現場からのご要望により、なぞり書き「泉鏡花/婦系図(おんなけいず)」を追加いたしました。

【認知症初期の記録⑤】「自分のお金は自分で管理する」と通帳を渡さない母

認知症初期の記録⑤

この連載では、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモを手がかりに、母・鮨子の認知症初期に起きていた出来事を、家族の視点から振り返ります。

前回の記事では、自分で銀行から引き出した現金の行方が分からなくなり、「長男が勝手に使った」と私・日和鷹を疑うようになった鮨子について振り返りました。

家族への疑いが生まれる一方で、鮨子は通帳や印鑑を私へ預けることを強く拒みました。「自分のお金は自分で管理する」「必要なときに手元にないと困る」と言い、いつもの手提げ袋へ入れて持ち歩き続けました。

私としては、鮨子が自分で管理したいという気持ちも理解できました。しかし、まとまった金額の出金が繰り返され、その理由や現金の行方を本人が覚えていない状態を、そのままにすることもできませんでした。

本文中の名前は仮名です。銀行名、地域名、正確な出金日・金額などは、個人が特定されにくいよう一部をぼかしています。

また、この記事は当時の記録と、日和鷹が確認できた範囲をもとにしています。特定の人物による違法行為や、現金の最終的な使途を断定するものではありません。

「自分のお金は自分で管理する」

鮨子の通帳には、数十万円単位の出金が繰り返し記録されていました。ところが通帳を一緒に見ながら説明しても、本人には出金した記憶が残っていませんでした。

「この日に、これだけのお金が下ろされているよ」と伝えると、鮨子は「私は下ろしていない」と否定することもあれば、「何か必要だったんじゃない」「現金は手元に置きたいのよ」と話すこともありました。

私は、今後のお金の管理を一緒に行うため、通帳か印鑑のどちらかを預からせてほしいと伝えました。しかし鮨子は、「自分のお金なのだから、自分で管理する」と言い、簡単には渡してくれませんでした。

通帳の数字と、本人の記憶が結びつかない

通帳には、日付と金額が明確に記録されています。家族から見れば、それを一緒に確認すれば、少なくとも出金した事実は理解してもらえると思ってしまいます。

しかし鮨子にとって、通帳に印字された数字と、自分が銀行窓口で現金を受け取った出来事は結びついていませんでした。数字を見ても、その日の場面や、現金を受け取った感覚が思い出せなかったのだと思います。

説明を繰り返しても、しばらくすると同じ疑問に戻ります。説明する家族も、説明される本人も、次第に疲れていきました。

銀行窓口で話していた出金理由

まとまった現金を何のために引き出したのか分からず、私は銀行へ相談しました。窓口で鮨子が説明していた内容について確認すると、「知人の事業が苦しいので、自分が助けたい」という趣旨の話をしていたと聞きました。

当時、Gさんが一人で営んでいた小さな事業は、仕事が減り、厳しい時期だったと聞いていました。鮨子が話した「助けたい知人」とGさんとの関係を考えると、時期としては一致していました。

鮨子の言葉だけを見れば、長年一緒に過ごした相手を、自分のお金で助けたいという意思だったとも考えられます。ただし、後になると、鮨子は現金を引き出したことも、その理由も覚えていませんでした。

そのため、当時の鮨子の意思をどこまで安定した判断として受け止めるべきだったのか、家族には分かりませんでした。

Gさんが銀行へ同行していたことを知る

鮨子はキャッシュカードを持っておらず、まとまった現金を下ろす場合は、通帳と印鑑を持って銀行窓口へ行く必要がありました。

後になって、鮨子が一人で銀行へ行っていたのではなく、Gさんが窓口まで同行していたことを知りました。

鮨子本人が通帳と印鑑を持ち、窓口で出金を希望していたため、外形上は本人による取引です。その現金が最終的に誰の手元へ残り、何に使われたのかについては、私がすべて確認できたわけではありません。

ただ、鮨子が後から出金そのものを覚えていない状態で、家族が把握していない大きな取引が続いていることは、強い不安を感じる状況でした。

年金支給日にも、まとまった出金が行われていた

別の金融機関でも、年金支給日に鮨子がGさんと窓口を訪れ、口座へ入った年金の大部分を現金で引き出していたことを、後から窓口の方に聞きました。

年金は、鮨子の食費、光熱費、医療費、介護費用などを支える大切な生活資金です。入金後すぐに大部分が引き出されれば、その後の生活費が不足する可能性があります。

私は、これまで以上に鮨子の通帳やお金の流れを確認する必要があると感じました。しかし鮨子にとっては、自分のお金へ長男が口を出すようになったと感じられたのかもしれません。

銀行へ相談しても、家族だけでは止められなかった

私は銀行の担当者へ事情を説明し、まとまった出金が続いていることや、鮨子が後からその取引を覚えていないことを相談しました。

銀行側も事情を理解し、金額が大きい場合には私へ確認の連絡を入れてくれることがありました。家族の相談へ丁寧に対応してもらえたことは、本当に助かりました。

一方で、当時は鮨子本人が通帳と印鑑を持って窓口へ来て、自分の意思として出金を求めた場合、家族からの相談だけで取引を一律に止めてもらうことはできませんでした。

家族として心配していることと、本人が自分の財産を使う権利は、どちらも無視できません。その間で、銀行側も難しい対応を求められていたのだと思います。

金融機関の対応や必要な手続きは、本人の状態、取引内容、金融機関の規定などによって異なります。同様の状況がある場合は、家族だけで判断せず、取引先の金融機関へ早めに事情をご相談ください。

本人の意思と、将来の生活資金を守ること

鮨子は、長い間自分で働き、自分で生活し、自分でお金を管理してきました。「自分のお金は自分で管理する」という言葉は、鮨子の自立心や誇りから出たものでもあったと思います。

しかし、現金を引き出した記憶がなく、手元に残っている金額も把握できない状態では、将来の医療費や介護費用まで失われてしまう可能性があります。

本人の意思を尊重することと、本人の将来の生活を守ること。この二つが同じ方向を向かなくなったとき、家族は非常に難しい判断を迫られます。

私も、「母のお金を取り上げるようなことをしてよいのか」という迷いと、「このままでは母のお金がなくなってしまう」という焦りの間で揺れていました。

家族だけで通帳を取り上げることへの不安

通帳と印鑑を家族が持ってしまえば、出金を防ぐことはできます。しかし、本人に十分な説明をせずに取り上げれば、「盗られた」「隠された」という疑いを強める可能性があります。

また、家族が通帳を管理するようになった後は、家族側にも説明責任が生まれます。いつ、何のために、いくら使ったのかを記録しておかなければ、後からほかの親族や本人との間で問題になる可能性があります。

家族が善意で管理する場合でも、通帳のコピー、領収書、入出金記録などを残し、本人のお金と家族のお金を完全に分けることが必要だと感じました。

記録を残しながら、何度も説明した

私は、通帳の入出金明細をコピーし、どの日にどのくらいのお金が引き出されているのかを紙にまとめました。

そして、「このまま出金が続くと、病気になったときや介護が必要になったときのお金がなくなってしまう」「お金を下ろすときは一緒に行きたい」と、鮨子へ繰り返し説明しました。

一度説明しても忘れてしまうため、同じ内容を記載したプリントを複数枚作り、鮨子の手元へ置きました。それでも、紙を見た鮨子から再び質問され、最初から説明し直すことがありました。

家族側で残していた記録

  • 通帳の入出金明細のコピー
  • 銀行から連絡があった日時と内容
  • 本人が話した出金理由
  • 本人へ説明した日と、その内容
  • 家族が預かった通帳や書類
  • 本人の生活費として支払った金額と領収書

記録は、鮨子を責めるためのものではありません。後から私自身が疑われた場合にも、鮨子のお金を守るために何を行ったのかを説明できるようにするためでした。

家族だけで抱えず、早めに相談してよかったこと

当時は銀行への相談が中心でしたが、今振り返ると、地域包括支援センターや社会福祉協議会などにも、もっと早く相談しておけばよかったと思います。

認知症などで日常的な金銭管理に不安がある場合には、本人の状態に応じて、日常生活自立支援事業や成年後見制度などの支援方法があります。

ただし、日常生活自立支援事業は、本人が事業の契約内容を理解できることが利用条件の一つです。本人の判断力が低下してから慌てて探すのではなく、比較的早い段階で相談先とつながっておくことが大切です。

本人の意思に反して財産が使われている可能性や、生活費・医療費が確保できない心配がある場合も、家族だけで相手と対立せず、地域包括支援センターなどの第三者へ相談することが必要です。

本記事は、当時の家族介護の体験を振り返ったものです。通帳や印鑑の保管、預金取引の制限、代理人による財産管理などは、本人の判断能力や個別の事情によって必要な手続きが異なります。実際の対応は、金融機関、地域包括支援センター、社会福祉協議会、司法書士や弁護士などの専門家へご相談ください。

今振り返って思うこと

鮨子が通帳を渡さなかったのは、家族を困らせるためではありません。自分の生活や財産を自分で決められなくなることが、不安だったのだと思います。

一方で私は、鮨子が長い時間をかけて貯めたお金を、将来の医療や介護のために残したいと考えていました。どちらも鮨子を思っての判断でしたが、本人と家族の考える「鮨子のため」は同じではありませんでした。

家族が財産を守ろうとすると、本人からは奪おうとしているように見えることがあります。そして本人の意思を尊重し続ければ、本人の将来の生活が守れなくなることもあります。

この時期に必要だったのは、家族のどちらかが正しいと証明することではなく、本人の意思をできる限り尊重しながら、第三者を交えて安全な管理方法を探すことだったのだと思います。

これまでの記録

第1話では、財布に現金が入っているのに「お金がない」と言い、見つけた一万円札を日和鷹へ渡そうとした鮨子について振り返っています。

認知症初期の記録①を読む

第2話では、買い物のたびに一万円札を出すようになり、古い財布へ小銭が増え続けた出来事を紹介しています。

認知症初期の記録②を読む

第3話では、通帳、印鑑、自宅の権利書を手提げ袋へ入れ、肌身離さず持ち歩いた鮨子について振り返っています。

認知症初期の記録③を読む

第4話では、自分で銀行から引き出した現金の行方が分からなくなり、「長男が使った」と日和鷹を疑うようになった出来事を紹介しています。

認知症初期の記録④を読む

次回の記録

次回は、何度も説明した末に通帳を日和鷹が預かり、通帳と印鑑を分けて管理することになった経緯と、その後Gさんから「泥棒」と呼ばれるようになった時期を振り返ります。

登場人物について

鮨子、日和鷹、日和嫁、Gさんについては、次の記事で紹介しています。

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