この記事は、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモをもとに、当時の出来事や家族の対応を振り返って書いています。本文では、母を「鮨子」、長男である私を「日和鷹」、妻を「日和嫁」、母の事実婚のパートナーを「Gさん」という仮名で記載しています。
母・鮨子が認知症専門クリニックへ通い始めた頃は、まだ駅で待ち合わせをして病院へ向かうことができていました。
母は一人で自宅を出て、電車に乗り、待ち合わせ駅まで来ます。そこで私と合流し、一緒にクリニックへ向かう形です。
ところが、ある日の待ち合わせ時間になっても、母は駅へ現れませんでした。
心配になって電話をかけると、母はまだ自宅にいました。
「待ち合わせの時間だよ。今、すぐに家を出て!」
私がそう伝えると、母は慌てた様子で答えます。
「分かった。今すぐ出るわ」
受け答えだけを聞けば、こちらの話をきちんと理解しているように思えました。
しかし、しばらく待っても母は駅へ来ませんでした。
電話を切ると、外出することを忘れてしまう
もう一度電話をすると、母はまだ自宅にいました。
「さっき、すぐ家を出ると言ったでしょう」と尋ねても、母にはそのやり取りの記憶がありません。
電話中は、待ち合わせに遅れていることも、すぐに出発しなければならないことも理解していました。
ところが、電話を切ると、外出するという目的そのものが抜け落ちてしまうようでした。
何か別のものが目に入ったのかもしれません。
着替えようとしている途中で、別の作業を始めたのかもしれません。
実際に母が電話を切った後、何をしていたのかは分かりませんでした。
ただ、母の中では「病院へ行くために家を出る」という予定が保たれなくなっていました。
何度も電話をかけて、ようやく出発した
私はその後も、何度か母へ電話をかけました。
「今、どこにいるの」
「もう家を出た?」
「玄関まで行って、そのまま外へ出てね」
電話をするたびに、母は「分かった」「今から出る」と答えます。
しかし、電話を切った後に本当に行動へ移せたのかは、次の電話をかけるまで分かりません。
何度も催促し、ようやく母は自宅を出て、待ち合わせ駅へ向かいました。
この日は遅れて到着できましたが、同じ方法を今後も続けることには不安が残りました。
返事ができることと、行動できることは別だった
母との電話では、会話が普通に成立していました。
こちらの言葉に合った返事もできます。
「病院へ行くよ」と言えば、「分かった」と答えます。
「急いで家を出て」と言えば、「今すぐ出る」と答えます。
そのため私は、母が話の内容を理解し、電話を切った後もそのまま行動できると思っていました。
しかし実際には、言葉を聞いて返事をすることと、目的を覚えたまま準備を進めることは、別の力でした。
母は電話中の会話には応じられても、電話を切った後まで予定を保ち、着替え、荷物を持ち、玄関を出るという一連の行動を続けることが難しくなっていたのです。
「今すぐ出て」だけでは行動につながらなかった
家を出るためには、いくつもの作業が必要です。
- 出かける予定を覚えておく
- 着替える
- 財布や保険証などを用意する
- 戸締まりを確認する
- 靴を履く
- 自宅を出る
- 駅まで歩く
- 電車へ乗る
- 待ち合わせ場所まで移動する
以前の母にとっては、どれも考えずにできる日常的な行動でした。
家族も、「今すぐ家を出て」と伝えれば、これらを自然に進められると思っていました。
しかしこの頃には、途中で何をしていたのか分からなくなったり、別のことへ意識が移ったりして、外出までたどり着けないことが増えていました。
短い言葉で伝えることは大切ですが、母の場合は言葉を短くするだけでは十分ではありませんでした。
待ち合わせ時刻を早く伝えても解決しない
最初は、予定より早い時間を母へ伝えればよいのではないかとも考えました。
例えば、本当の待ち合わせが午前10時なら、母には午前9時30分と伝えておく方法です。
しかし問題は、準備に時間がかかることだけではありません。
待ち合わせ時刻そのものを忘れたり、出かける予定を保てなかったりするため、時間を早めるだけでは解決しませんでした。
母が一人で家を出られるかどうかは、その日の状態や、電話を受けた後の状況にも左右されます。
「前回は来られたから、今回も大丈夫」とは言えなくなっていました。
駅で待つ時間にも不安が増えていった
待ち合わせ場所に来られないと、私は駅で母を待ちながら何度も電話をかけることになります。
電話に出なければ、自宅で倒れているのではないか、すでに外へ出て道に迷っているのではないかと心配になります。
母が「今、家にいる」と答えても、その数分後にどこへ向かったのかは分かりません。
クリニックの予約時刻も近づきます。
母への心配と、病院へ遅れる焦りが重なり、待ち合わせを続けること自体が家族にとって大きな負担になっていきました。
待ち合わせをやめ、自宅まで迎えに行くことにした
そこで今後の通院は、駅で待ち合わせるのではなく、私が母の自宅まで迎えに行くことにしました。
自宅へ行けば、母がまだ寝ているのか、着替えの途中なのか、出かける準備ができているのかを直接確認できます。
必要であれば、一緒に持ち物を確認します。
母が別のことを始めそうになっても、「今から病院へ行こう」と、その場で声をかけられます。
家族が自宅まで迎えに行く分、時間と手間は増えました。
それでも、駅で母を待ちながら何度も電話するより、安全で確実な方法でした。
母の自立を奪っているような迷いもあった
母は、それまで一人で電車に乗り、さまざまな場所へ出かけていました。
自宅まで迎えに行くようにすることは、母が一人で行動する機会を減らすことにもなります。
「まだ一人で行けるのに、家族が過剰に手を出しているのではないか」
そう迷う気持ちもありました。
実際、母は毎回まったく外出できなかったわけではありません。
何度か電話をすれば、待ち合わせ場所まで来られる日もありました。
しかし、できるときがあることと、毎回安全にできることは同じではありません。
通院のように時間が決まっており、確実に到着する必要がある外出については、家族が迎えに行く方がよいと判断しました。
本人を責めても、次の待ち合わせにはつながらない
待ち合わせ時間になっても母が自宅にいたとき、私は焦りから強い口調になったこともありました。
「何度も言ったでしょう」
「どうしてまだ家にいるの」
「早くしないと病院へ遅れるよ」
しかし、母には約束を無視しようという意図はありません。
電話を切った後に、出かける予定が抜け落ちてしまっていたのです。
前にも同じことがあったと伝えても、母にその記憶がなければ、責められている理由が分かりません。
強く言えば一時的に急いでくれることはあっても、次の待ち合わせができるようになるわけではありませんでした。
私たちが行った対応
- 駅での待ち合わせをやめ、自宅まで迎えに行く
- 通院予定は早い時期から繰り返し伝えすぎない
- 当日の出発前に電話をする
- 自宅で着替えや持ち物を一緒に確認する
- 一度に多くの指示を出さず、次にすることを一つずつ伝える
- 予約時刻より余裕を持って迎えに行く
- 遅れても本人を責めず、まず安全を確認する
家族が毎回迎えに行くことが難しい場合は、他の家族、介護サービス、移送支援などを含めて、通院方法を相談する必要があります。
かかりつけ医、ケアマネジャー、地域包括支援センターへ、通院時の困りごとを伝えることも選択肢の一つです。
電話での確認にも限界があった
母はこの頃、まだ固定電話を使い、家族からの電話にも応答できました。
しかし電話で会話ができても、その後の行動まで確認することはできません。
「もう家を出た」と言っていても、実際にはまだ室内にいることもあり得ます。
反対に、電話へ出ないため自宅にいると思っていたら、すでに外へ出ている可能性もあります。
離れた場所からの声かけだけでは、母の安全や行動を確実に確認できなくなっていました。
スマホと電話の対策について
母はその後、スマホから電話をかけることも難しくなりました。実際に試した対策は、次の記事で紹介しています。
できることと、支援が必要なことが混在していた
この頃の母は、一人で歩き、電車へ乗り、買い物へ行くこともできました。
その一方で、決められた時間に合わせて準備し、待ち合わせ場所へ向かうことは難しくなっていました。
日常生活のすべてができなくなったわけではありません。
むしろ、できることが多く残っていたからこそ、どこから家族が手を貸すべきなのか判断に迷いました。
駅まで一人で来られる日がある。
電話では普通に返事ができる。
それでも、決められた日時に確実に行動するためには、支援が必要になっていました。
「できるか、できないか」の二つだけでは分けられないことが、認知症初期の難しさだったのだと思います。
この記事について
この記事は、母と家族の介護経験を記録したものです。待ち合わせを忘れたり、約束どおり行動できなくなったりする原因は、認知症だけとは限りません。急な変化や、外出時の安全に不安がある場合は、かかりつけ医や地域の相談窓口へご相談ください。
次回は、美容室から連絡が来た日
家族が母の変化を十分に理解できていなかった頃、近所の美容室から私へ電話がありました。
美容室の方は、母のスマホから家族の連絡先を探し、率直に伝えてくれました。
「お母さんがどのような状況か、理解していますか?」
カット担当者が入院していることを覚えられず、母が毎日のように美容室を訪れていたこと。
同じ服を着続けているように見えたこと。
支払い方にも以前とは違う様子があったこと。
次回は、地域の方から母の変化を指摘され、私自身が認識を改めるきっかけになった出来事を振り返ります。
認知症初期の記録
前回の記事では、不用品回収を名乗る業者の訪問予定が決まり、家族が訪問を断って玄関へ注意書きを貼った時期を振り返っています。


