介護(デイケア)の現場からのご要望により、なぞり書き「泉鏡花/婦系図(おんなけいず)」を追加いたしました。

【認知症初期の記録⑭】寒いのに暖房をつけられず、上着も着ない母

【認知症初期の記録⑭】寒いのに暖房をつけられず、上着も着ない母

この記事は、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモをもとに、当時の出来事や家族の対応を振り返って書いています。本文では、母を「鮨子」、長男である私を「日和鷹」、妻を「日和嫁」、母の事実婚のパートナーを「Gさん」という仮名で記載しています。

冬になると、母・鮨子から「部屋が寒い」と言われることが増えました。母は寒さそのものを感じられなくなっていたわけではありません。

しかし、「寒いので暖房をつける」という行動へ、自分一人ではつなげられなくなっていました。

母の自宅にはエアコンがあり、以前は自分でリモコンを操作していました。それが少しずつ難しくなり、寒い部屋の中で暖房をつけないまま過ごすようになったのです。

「部屋が寒いのよ。でも、どうやってつけるんだったかしら」

エアコンのリモコンを操作できなくなった

エアコンのリモコンには、電源、運転切替、温度、風量など、いくつものボタンが並んでいます。以前の母にとっては、どれも日常的に使っていたものです。

しかし、この頃には、どのボタンを押せば暖房になるのか分からなくなっていました。電源ボタンを見つけられなかったり、「暖房」「冷房」「除湿」の違いを判断できなかったりします。

リモコンを手に持っていても、そこから先の操作へ進めません。母にとって、見慣れたはずの道具が、使い方の分からないものへ変わり始めていました。

大きな画用紙に操作方法を書いた

そこで私は、エアコンの使い方を大きな画用紙へ書き、母の目につく場所へ貼りました。小さな説明書より、大きな文字と簡単な手順なら分かりやすいと考えたからです。

寒いときは、リモコンの「入/切」を押します。

画面に「暖房」と表示されていることを確認します。

分からないときは、日和鷹へ電話してください。

ボタンの位置も、できるだけ大きく分かりやすく書きました。これを見れば、一人でも操作できるのではないかと思っていました。

しかし、画用紙を貼っても、母は暖房をつけられませんでした。

説明を読めても、操作へ結びつかなかった

母は、画用紙に書かれた文字をまったく読めなかったわけではありません。電話で「壁の紙を見て」と伝えれば、紙を見つけて読み上げることもありました。

それでも、書かれた説明と、手元にあるリモコンのボタンを結びつけることが難しくなっていました。

「入/切を押す」と読めても、リモコンのどの部分が「入/切」なのか分からない。ボタンを押しても、暖房になったかどうか判断できない。

家族から見ると簡単な一つの操作でも、母には複数の判断が必要になっていたのです。

電話で説明するだけでは解決しなかった

母から「寒い」と電話があったときは、リモコンを持ってもらい、電話越しに操作方法を説明することもありました。

「一番上のボタンを押して」「画面に何と書いてある?」と、一つずつ伝えます。しかし、母がどのボタンを見ているのか、電話では確認できません。

母が「押したわよ」と言っても、本当に暖房が動き始めたのか分からないこともありました。電話での説明だけでは、安全に室温を確認するところまでたどり着けませんでした。

寒い日は、家まで暖房をつけに行った

最終的には、寒い日に母が暖房をつけられないと分かると、私が自宅まで行き、エアコンを操作する必要がありました。

家へ着くと、室内がかなり冷えていることもありました。母は寒いと言いながら、薄着のまま過ごしていました。

エアコンを暖房に設定し、部屋が暖かくなり始めることを確認してから帰ります。単にスイッチを押すためだけに自宅まで行くことを、当時は大変に感じることもありました。

しかし母には、寒さを我慢しようという意図があったわけではありません。暖房を使うための操作が、一人ではできなくなっていたのです。

厚手の上着を一緒に買いに行った

室内でも暖かく過ごせるように、母と一緒に厚手の上着を買いに行きました。母自身にも選んでもらい、暖かいダウンジャケットを用意しました。

買った日は、母も「これは暖かいわね」と喜んでいました。寒い日はこれを着れば、暖房をすぐにつけられないときでも少し安心できると思いました。

ところが翌日、母の自宅へ行くと、その上着を着ていませんでした。

翌日には押し入れへしまっていた

買ったばかりのダウンジャケットは、押し入れの中へきれいにしまわれていました。母は、また薄手の服を着て過ごしていました。

「昨日買った上着を着れば暖かいよ」と伝えても、母には、その上着を寒さ対策のために買ったという記憶が残っていませんでした。

母にとっては、新しく増えた衣類を、いつものように押し入れへ片づけただけだったのかもしれません。上着を捨てたり、嫌がったりしたわけではありませんでした。

買った目的を覚えておき、寒いときに取り出して着るという一連の行動が難しくなっていたのだと思います。

「寒い」と言えるのに、対処できない

家族には、母の行動が矛盾しているように見えました。

寒いと訴えることはできる。暖かい上着を着れば楽になることも、その場では理解できる。それなのに暖房をつけず、上着も着ません。

しかし、「寒いと感じること」と、「必要な道具を選び、正しい方法で使い、暖かくなるまで続けること」は別でした。

母は寒さを認識できていても、寒さへ対処するための行動を組み立てられなくなっていました。

頑固になったわけではなかった

当時の私は、「せっかく買ったのに、どうして着てくれないのだろう」と思うことがありました。大きく書いた説明を見てくれないことにも、もどかしさを感じました。

しかし、母が家族の助言に反発して、わざと薄着でいたわけではありません。買った上着を隠そうとしたわけでも、暖房を拒否していたわけでもありませんでした。

説明されたことや、上着を買った理由が保たれず、いつもの生活へ戻ってしまっていたのだと思います。

「言うことを聞かない」「頑固になった」と考えるより、対策を思い出し、実際に行うことが難しくなったと考える必要がありました。

寒い部屋で過ごすことへの不安

低い室温で長時間過ごすことは、体への負担になります。特に高齢者が一人で生活している場合、家族が寒さの程度を把握できないことも問題でした。

母から「寒い」と連絡があれば気づけますが、母が毎回電話してくれるとは限りません。寒いことを忘れたり、電話のかけ方が分からなくなったりする可能性もあります。

また、本人が「大丈夫」と答えても、実際の室温や服装を確認しなければ、安全に過ごせているか判断できなくなっていました。

寒さと体調について

強い震え、反応の鈍さ、普段と違う眠気、ろれつが回らない、意識がはっきりしないなどの変化がある場合は、単なる寒さと決めつけず、暖かい場所へ移して医療機関や救急へ相談してください。急な体調変化は、低体温だけでなく別の病気が原因の場合もあります。

火を使う暖房器具を追加することにも迷いがあった

エアコンを一人で操作できないのであれば、操作の簡単なストーブなどを置く方法も考えられます。しかし、母の自宅へ新たに暖房器具を置くことには不安がありました。

電気ストーブや石油ストーブは、衣類、布団、カーテンなどが近づくと火災につながるおそれがあります。電源の切り忘れや、周囲へ物を置くことも心配でした。

母はすでに、物をどこへ置いたか分からなくなったり、家電の操作が難しくなったりしていました。そのため、操作が簡単という理由だけで、別の暖房器具へ変更することはできませんでした。

本人の状態に合わせ、安全性を優先して暖房方法を選ぶ必要があります。

私たちが当時行った対応

  • リモコンの使い方を大きな画用紙へ書く
  • 電話で一つずつ操作方法を説明する
  • 電話だけで確認できない場合は、自宅まで暖房をつけに行く
  • 母と一緒に厚手の上着を選んで購入する
  • 訪問時に室温や服装を確認する
  • 上着が押し入れへしまわれていないか確認する

どの方法も、母が一人で寒さへ対処できる状態へ戻すものではありませんでした。それでも、できる工夫を重ねながら、家族が確認する回数を増やしていきました。

今なら加えたい対策

当時は、電話で確認し、自宅まで行くことが中心でした。今振り返ると、次のような対策も早い段階から検討できたと思います。

  • 室内に大きく見やすい温度計を置く
  • リモコンの不要なボタンを覆い、使うボタンを目立たせる
  • 上着を押し入れではなく、いつも座る場所の近くへ掛ける
  • 上下を組み合わせた衣類を一組にして準備する
  • 家族が訪問したときに、エアコンの設定を確認する
  • 室温を遠隔で確認できる温度センサーなどを検討する
  • 必要に応じて、見守りや訪問介護などの支援を相談する

機器を導入しても、通信障害、電池切れ、操作ミスなどは起こり得ます。機器だけへ任せず、家族や支援者による確認と組み合わせることが大切です。

上着は、見える場所へ置く方が使いやすかった

母は、物をきちんとしまおうとする習慣を長く持っていました。そのため、新しい上着も、着ないときは押し入れへしまってしまいます。

しかし、見えなくなった上着を、寒くなったときに思い出して取り出すことは難しくなっていました。

押し入れへしまわないよう何度も注意するよりも、普段座る場所の近くへ掛ける、玄関や椅子の背へ置くなど、自然に目へ入る置き方に変える方が使いやすかったかもしれません。

母が長年続けてきた片づけの習慣と、現在必要な寒さ対策が合わなくなっていたのです。

家電を使えなくなったことは、生活全体の変化だった

エアコンのリモコンを使えないことだけを見れば、機械が苦手になったようにも見えます。しかし母の場合は、ほかの生活場面でも同じような変化が起きていました。

電話では予定を理解しても、その後に外出できない。郵便物を読めても、必要な手続きへ進めない。上着を買っても、寒い日に着るという目的を保てない。

目の前の情報を理解する力がすべて失われたわけではありません。それでも、理解した内容を覚え、適切な行動へつなげることが難しくなっていました。

暖房の問題は、一つの家電操作だけではなく、母が一人で生活を続けるうえで必要な支援が増えていることを示す出来事でした。

この記事について

この記事は、母と家族の介護経験を記録したものです。暖房器具を操作できない、薄着で過ごすといった行動だけで、認知症と判断することはできません。急に家電を使えなくなった場合や、寒さへの反応、意識、体調に変化がある場合は、かかりつけ医などへご相談ください。

次回は、一日中探し物を続けていた話

この頃の母は、何かを探し続ける時間も増えていました。「何を探しているの」と尋ねても、母は「何だったかしら」と、探していた物そのものを忘れています。

例えば、診察予約券を見ると保険証を探し始めます。保険証が見つかっても、再び予約券を見ると、また保険証を探し始めました。

予約券が目の前にある限り、「病院へ行くには保険証が必要」という不安が何度も新しく生まれていたのだと思います。次回は、探す目的を忘れながら、同じ探し物を繰り返していた時期を振り返ります。

認知症初期の記録

前回の記事では、美容室から「お母さんの状況を理解していますか」と連絡を受け、家族が見ていない場所で起きていた変化を知った日のことを振り返っています。

【認知症初期の記録⑬】美容室から「お母さんの状況を理解していますか」と電話が来た日

参考情報

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