この記事は、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモをもとに、当時の出来事や家族の対応を振り返って書いています。本文では、母を「鮨子」、長男である私を「日和鷹」、妻を「日和嫁」、母の事実婚のパートナーを「Gさん」という仮名で記載しています。美容室名や担当者名など、個人や店舗を特定できる情報は掲載していません。
母・鮨子は、以前から近所の美容室へ通っていました。長く利用している店で、母にとっては暮らしの中にある身近な場所の一つでした。
ある日、その美容室の方から私の携帯電話へ連絡が入りました。母が持っていたスマホに登録されていた家族の連絡先をたどり、私へ電話をしてくれたようです。
電話に出ると、美容室の方は遠回しにせず、率直に尋ねてきました。
「お母さんがどのような状況か、理解していますか?」
母がアルツハイマー型認知症と診断されていることは、家族も承知していました。通院や服薬の管理も始めていましたが、家庭の外で母がどのように過ごしているかまでは、十分に把握できていませんでした。
担当者が入院していることを覚えられなかった
美容室の方が最初に教えてくれたのは、母が何度も店を訪れていることでした。母がいつもカットをお願いしていた担当者は、その時期、一時的に入院していたそうです。
美容室では、そのことを母へ説明していました。しかし母は、担当者が入院していることを覚えておけませんでした。
翌日になると、母は再び美容室へ行きます。そして、いつもの担当者にカットをしてほしいと頼んでいたそうです。
「担当の方は、今日はお休みなの?」
「髪を切ってもらいたいんだけれど」
美容室の方が入院中であることをもう一度説明すると、母はその場では納得して帰ります。それでも、しばらくすると再び店を訪れ、同じ話を繰り返していました。
母にとっては、何度も同じ店へ行っているという感覚はなかったのだと思います。毎回、「今日こそ髪を切ってもらおう」と考えて訪れていたのでしょう。
家族が知らないところで、毎日のように来店していた
私は、母が美容室へ一人で行けていることを、生活能力が保たれている証拠のように考えていました。自分で身支度をし、店まで歩き、希望を伝えられるのであれば、まだ大丈夫だと思っていた部分があります。
しかし、店まで行けることと、前日に説明された内容を覚え、状況に合わせて行動を変えられることは別でした。母には外出する力や会話する力が残っていましたが、同じ行動を繰り返していることには気づけなくなっていました。
家族が母と会っていない時間に、このようなことが起きているとは知りませんでした。美容室から連絡をもらわなければ、その後もしばらく気づかなかったと思います。
同じ服を着続けているように見えた
美容室の方は、母の服装についても気になることがあると教えてくれました。母が毎日のように、同じ服を着ているように見えたそうです。
実際に毎日まったく同じ服だったのか、似た服を何着か持っていたのかは確認できません。ただ、定期的に母を見ていた美容室の方には、以前とは違う様子に見えたのだと思います。
家族が母と会うのは、通院日や用事がある日が中心でした。その日だけを見れば、服を着て外出できているため、大きな問題には見えません。
しかし、日常的に母と接している人には、服装の偏りや身だしなみの変化が見えていました。家族より地域の方の方が、先に気づける変化もあるのだと知りました。
支払い方にも以前との違いがあった
美容室での支払い方にも、以前とは違う様子があったそうです。母は財布にあるお金を整理して支払うことが難しくなり、金額をよく確認せずに紙幣を出すことが増えていました。
これは、買い物のたびに一万円札を出し、小銭が増え続けていた時期とも重なります。お金があるかどうかは分かっても、支払金額に合わせて紙幣や硬貨を選ぶことが難しくなっていました。
一つひとつを別々に見れば、たまたま同じ服を着ていた、担当者の入院を聞き逃した、細かいお金を出すのが面倒だったとも考えられます。しかし、複数の変化を継続して見ていた美容室の方には、単なる年齢による変化ではないように感じられたのでしょう。
美容室の方にも、認知症の家族を支えた経験があった
美容室の方が私へ連絡をくれた理由には、ご自身の家族を介護した経験もありました。
電話の中で、次のように話してくださいました。
「うちの父も認知症だったので、分かるんです」
認知症の人と身近に接した経験があったからこそ、母の繰り返す行動や支払い方の変化を、見過ごせなかったのだと思います。
家族へ連絡することには、迷いもあったはずです。余計なお世話だと思われるかもしれない、家族から反発されるかもしれないという心配もあったでしょう。
それでも、母のことを心配し、連絡先を探して知らせてくれました。今振り返っても、本当にありがたい行動でした。
診断を知っていることと、状態を理解することは違った
私は、母がすでにアルツハイマー型認知症と診断されていることを知っていました。専門クリニックへも付き添い、介護保険の認定も受けていました。
そのため、「母が認知症であることを理解しているか」と尋ねられれば、当時の私は「理解している」と答えたと思います。
しかし実際には、病名を知っているだけでした。母の日常生活の中で、記憶や判断力の変化がどのように表れているのかまでは、十分に見えていませんでした。
通院や服薬、金銭管理など、家族が直接関わる場面には気づいていました。一方で、美容室、買い物、近所での行動など、家族が一緒にいない時間の様子は分かりません。
「認知症と診断されていることを知っている」のと、「母の現在の生活状態を理解している」のは、同じではありませんでした。
最初は驚きと戸惑いがあった
突然、第三者から「お母さんの状況を理解していますか」と尋ねられれば、家族として少なからず動揺します。
自分が母を十分に見ていないと責められたように感じる人もいるかもしれません。私も電話を受けた瞬間は、驚きと戸惑いがありました。
しかし、美容室の方は家族を批判するために連絡したのではありません。母が日常的に困っているように見えたため、家族へ伝えなければならないと考えてくれたのです。
そこで私は、すぐに否定したり弁解したりせず、母が店でどのような様子だったのかを聞きました。その内容は、家族だけでは知ることのできない大切な情報でした。
家族には見せない姿がある
母は家族と話すとき、できないことを隠そうとしていた部分もあったのかもしれません。分からないことがあっても、分かったように返事をすることがありました。
家族と会う日は、母なりに身支度を整えていた可能性もあります。短い時間だけ会う家族には、普段どのような服を着ているのか、同じ場所へ何度通っているのかまでは分かりません。
一方で、美容室、商店、近所の方など、生活圏の中で定期的に接する人には、普段の変化が見えることがあります。
家族が知らない様子を第三者から聞くことは、つらい場合もあります。それでも、本人の生活を支えるためには、家庭の外からの情報も大切だと感じました。
美容室へ見守りを任せるわけではない
美容室の方から連絡をもらえたことは、本当にありがたい出来事でした。しかし、美容室は介護事業者でも、認知症の見守りを行う専門機関でもありません。
母が何度も来店するたびに対応し、家族へ連絡することを、当然の役割として求めることはできません。
地域の方からの善意に頼り切るのではなく、家族が状況を把握し、必要に応じて医療や介護の支援へつなげる必要があります。
地域の方には、何か気になることがあったときに連絡してもらえる関係を作りつつ、日常の支援そのものは家族や専門職で考えることが大切だと思います。
地域の方から連絡を受けたときに確認したいこと
美容室からの連絡を受けた経験から、第三者に本人の変化を教えてもらったときは、次のような点を落ち着いて確認することが大切だと感じました。
- いつ頃から変化が見られたのか
- どのような行動を何回ほど繰り返していたのか
- 本人が困っている様子や、危険な場面はあったか
- 金銭や契約に関する問題は起きていないか
- 本人へどのように説明し、どのような反応だったか
- 今後、家族へ連絡が必要になる場面はあるか
連絡をくれた方の話だけで、認知症の進行や本人の状態を断定することはできません。それでも、日常生活の変化を医師や介護関係者へ伝えるための重要な情報になります。
私の認識を改めるきっかけになった
美容室からの連絡を受けるまで、私は母の生活が変わり始めていることを、十分に理解していませんでした。
通院には付き添っている。薬についても確認している。お金の問題にも対応している。それなりに母の状況を見ているつもりでした。
しかし、美容室で起きていたことは何も知りませんでした。母の一人暮らしを支えるには、家族が把握している範囲だけでは足りないことに気づきました。
「お母さんの状況を理解していますか」という言葉は厳しくも聞こえましたが、私が母の暮らし全体を見直すきっかけになりました。
地域の人の気づきに助けられることがある
認知症の初期には、本人も家族も変化を認めにくいことがあります。毎日少しずつ変わっていくため、家族には違いが見えにくい場合もあります。
反対に、週に一度、月に一度会う人の方が、「前回とは違う」と気づくこともあります。
美容室の方が連絡してくれたことは、母が長年地域の中で暮らし、人との関係を持っていたからこそ得られた支えでした。
家族だけで介護を抱え込まず、本人と関わる人の声に耳を傾けることも、生活を守るうえで大切だったのだと思います。
今なら準備しておきたいこと
当時は、美容室から連絡が来ることを想定していませんでした。今振り返ると、本人の生活圏にある身近な店や場所についても、無理のない範囲で連絡方法を考えておけばよかったと思います。
- 財布や手帳に家族の緊急連絡先を入れておく
- 本人の同意を得られる範囲で、なじみの店に家族の連絡先を伝える
- 同じ場所へ繰り返し行っていないか確認する
- 衣類や身だしなみの変化を定期的に見る
- 支払い方法に変化がないか確認する
- 地域の方から連絡を受けたら、まず状況を詳しく聞く
- 気づいた変化を記録し、医師やケアマネジャーへ共有する
本人の病気や連絡先を周囲へ伝える際は、本人の気持ちやプライバシーへの配慮も必要です。誰に、どこまで伝えるかは、本人の状態や家族関係に合わせて慎重に考える必要があります。
家族だけで対応方法を決めにくい場合は、地域包括支援センターやケアマネジャーへ相談することもできます。
この記事について
この記事は、母と家族の介護経験を記録したものです。同じ店へ何度も行く、同じ服を着続ける、支払い方が変わるといった行動だけで、認知症と判断することはできません。日常生活に継続的な変化がある場合や、本人の安全に不安がある場合は、かかりつけ医、専門医、地域包括支援センターなどへご相談ください。
次回は、寒いのに暖房をつけられなかった話
母の生活では、家電の操作も少しずつ難しくなっていました。
冬になり、母から「部屋が寒い」と言われたため、エアコンのリモコンの使い方を大きな画用紙へ書いて貼りました。それでも、母は暖房の電源を入れられませんでした。
寒い日は家族が母の自宅まで行き、暖房をつける必要がありました。さらに厚手の上着を一緒に買っても、翌日には押し入れへしまい、薄着へ戻ってしまいます。
次回は、寒さを感じていても暖房や衣類で対処できなくなり、家族が室温管理に不安を感じるようになった時期を振り返ります。
認知症初期の記録
前回の記事では、電話では「今すぐ家を出る」と答えても、電話を切ると外出することを忘れ、駅で待ち合わせできなくなった母の様子を振り返っています。


