介護(デイケア)の現場からのご要望により、なぞり書き「泉鏡花/婦系図(おんなけいず)」を追加いたしました。

【認知症初期の記録⑱】長年通った道なのに、乗り換えが分からなくなった母

【認知症初期の記録⑱】長年通った道なのに、乗り換えが分からなくなった母

この記事は、2021年2月8日に作成した介護認定調査用のメモをもとに、当時の出来事や家族の対応を振り返って書いています。本文では、母を「鮨子」、長男である私を「日和鷹」、妻を「日和嫁」、母の事実婚のパートナーを「Gさん」という仮名で記載しています。

母・鮨子は、認知症と診断された後もしばらくの間、一人で電車やバスに乗っていました。長年利用してきた路線や駅があり、Gさんの自宅、買い物先、病院などへ自分で出かけることができていました。

ところが、ある頃から、移動の途中で母から電話がかかってくるようになりました。慌てた様子ではないものの、次にどうすればよいのか分からなくなっていました。

「ここから、どっちへ行けばよかったかしら?」

母が尋ねていたのは、初めて行く場所ではありません。何年も繰り返し利用してきた、いつもの経路でした。

道をすべて忘れたわけではなかった

母は、自宅から最寄り駅までの道を歩くことができました。駅名や目的地についても、まったく分からなくなっていたわけではありません。

電車へ乗り、途中の駅まで移動できる日もあります。ところが、乗り換え駅に着くと、次にどの路線へ乗ればよいのか、どの方向へ進めばよいのかが、突然分からなくなることがありました。

長年の記憶として道の一部は残っている一方で、複数の区間を順番につなぎ、目的地まで移動することが難しくなっていたように見えました。

乗り換えの場面で迷うことが増えた

乗り換えには、駅名を確認し、降りるタイミングを判断し、案内表示を見て次のホームへ移動するという、いくつもの手順があります。路線によっては、階段や改札を通り、行き先や方面も確認しなければなりません。

以前の母は、これらを考え込むことなく行っていました。しかし、この頃には、一つの手順が抜けると、その先へ進めなくなることがありました。

例えば、乗り換える駅までは分かっていても、電車を降りた後にどちらへ歩けばよいのか分からない。次の路線名は分かっていても、上りと下り、どちらのホームへ行けばよいのか判断できないという状態です。

突然分からなくなることが、本人にも不安だった

母は、いつも最初から道が分からなかったわけではありません。自信を持って家を出て、途中までは問題なく移動していました。

それだけに、乗り換えの途中で突然分からなくなることは、母自身にも不安だったと思います。周囲には多くの人が歩き、案内表示やアナウンスもありますが、どの情報を自分が使えばよいのか判断できません。

これは当時の母の様子から家族が考えたことであり、本人の気持ちを断定するものではありません。それでも、母からの電話の声には、普段とは違う戸惑いを感じることがありました。

電話で現在地を確認することも難しかった

母から「道が分からない」と電話があっても、まず現在地を確認しなければ案内できません。しかし、母自身が駅名や改札口を正確に説明できないことがありました。

「今、何駅にいるの」「近くに何と書いてある」と尋ねても、目に入った情報を順序立てて伝えることが難しくなっていました。案内板を見つけても、どの文字を読めばよいのか分からない場合があります。

電話では母の周囲を見ることができません。似たような名前の出口や改札もあるため、言葉だけで安全に誘導することには限界がありました。

「駅員さんに聞いて」と伝えても実行できないことがあった

道が分からなくなったときは、「駅員さんに目的地を伝えて、行き方を聞いて」と説明しました。母は電話の中では「分かった」と答えます。

ところが、電話を切った後に駅員さんを探す目的を忘れたり、どのように質問すればよいのか分からなくなったりすることがありました。前の記事で扱った待ち合わせと同様に、電話で理解したことが、その後の行動へつながらなくなっていました。

「駅員さんへ聞けば大丈夫」という家族の想定だけでは、十分ではありませんでした。

乗車証を持っていても、普通の切符を買っていた

当時、母は都営地下鉄や都営バスで使える乗車証を持っていました。制度の正式名称については当時のメモで確認できないため、この記事では「乗車証」と記載します。

本来であれば、電車やバスへ乗る際に、その乗車証を提示して利用できます。しかし母は、乗車証を持っているにもかかわらず、券売機で普通の切符を買うことが増えていました。

乗車証の存在を忘れていたのか、どの場面で提示すればよいのか分からなかったのか、券売機が目に入ったため切符を買ったのかは確認できませんでした。

切符を買えるから大丈夫とは言えなかった

母は券売機を操作し、切符を購入できていました。その場面だけを見ると、自分で交通機関を利用できているように見えます。

しかし、本来使える乗車証を使わずに切符を買っていたことは、移動に必要な情報を状況に合わせて選ぶことが難しくなっている変化でもありました。

「切符を買えた」「改札を通れた」という一つの行動だけでは、目的地まで安全にたどり着けるかを判断できませんでした。

持ち物を持っていることと、使えることは別だった

母の財布には、乗車証のほかにも、保険証、診察券、ポイントカードなど、多くのカードが入っていました。必要な物を持ち歩く習慣は残っていました。

しかし、必要な場面で適切なカードを選び、取り出して使用することは難しくなっていました。乗車証を持っていても使わないことは、保険証を持っているのに何度も探していた状況とも似ています。

家族は、必要な物が財布へ入っているかだけでなく、本人がそれを必要な場面で使えているかまで確認する必要がありました。

まだ一人で帰ってこられることも多かった

この頃の母は、道に迷いかけても、家族へ電話したり、周囲の人へ尋ねたりしながら、最終的には目的地や自宅へ到着できることが多くありました。

そのため家族も、「少し迷うことはあっても、まだ一人で出かけられる」と考えていました。実際に、毎回付き添うことへ切り替えるべきかどうかは迷いました。

しかし、一人で帰れた実績があることと、次の外出でも安全に帰れることは同じではありません。できる日とできない日が混在していることが、判断を難しくしていました。

長年の経験だけでは補えなくなっていた

母が利用していたのは、何年も通ってきた経路です。家族としても、長年使っている道なら身体が覚えているのではないかと考えていました。

実際、自宅から駅までの道や、電車へ乗るところまでは覚えていることがあります。それでも、乗り換え、改札、出口、乗車証の使用など、状況に応じた判断が必要な部分で迷いが生じていました。

昔から知っている場所だから安全とは限りませんでした。慣れた道の中にも、本人が一人では対応しにくい場面が増えていました。

外出を禁止すればよいのか迷った

道に迷う可能性を考えると、一人での外出をすべて止めたくなります。しかし、外出は母の生活にとって大切なものでした。

買い物へ行くこと、Gさんの自宅へ行くこと、近所を歩くことは、母が長年続けてきた日常です。家族の判断だけで突然禁止すれば、母の楽しみや役割を大きく奪うことになります。

一方で、帰り道が分からなくなり、事故や体調不良につながる可能性もあります。「外出できるか、できないか」の二択ではなく、どの外出なら続けられ、どこに支援が必要なのかを考える必要がありました。

迷いやすい場面を確認した

まず、母がどの場所で困ることが多いのかを確認しました。自宅周辺では迷わないのか、特定の乗り換え駅で迷うのか、行きと帰りのどちらが難しいのかを見ます。

母の場合、道全体が分からないというよりも、乗り換えや複数の選択肢がある場所で迷うことが増えていました。そのため、できるだけ乗り換えの少ない経路を選ぶようにしました。

所要時間が多少長くても、同じ路線で移動できる経路や、家族が迎えに行きやすい駅を使う方が安心でした。

経路を簡単なメモにした

母が持ち歩けるよう、目的地と乗り換えを簡単に書いたメモを用意することもありました。ただし、文字を多く書くと、どこを見ればよいのか分からなくなります。

そこで、必要な情報をできるだけ少なくしました。

行き先:○○駅

△△駅で降りて、□□線へ乗り換えます。

分からないときは、この紙を駅員さんへ見せてください。

家族の電話番号:○○○-○○○○-○○○○

口頭で質問することが難しくても、紙を見せれば駅員さんへ目的地を伝えられる可能性があります。ただし、メモを持っていることや、必要なときに見せること自体を忘れる場合もあるため、これだけで安全を確保できるわけではありませんでした。

持ち物に家族の連絡先を入れた

母が道に迷い、自分で現在地を説明できない場合に備え、財布や手帳などへ家族の連絡先を入れておくことも考えました。

本人の氏名、家族の電話番号、連絡時に伝えてほしいことを、第三者が見つけやすい形で入れます。ただし、住所や病名などの個人情報をどこまで記載するかは慎重に考える必要があります。

本人の気持ちやプライバシーへ配慮しながら、緊急時に連絡を受けられる方法を準備することが大切でした。

家族が付き添う外出を増やした

通院など、日時が決まっており、確実に到着しなければならない外出は、家族が付き添うようになりました。駅での待ち合わせも難しくなっていたため、自宅まで迎えに行く形へ変えました。

一方で、自宅周辺の短い買い物など、母が比較的迷わず移動できていた外出まで、すぐにすべて禁止したわけではありません。

本人ができることを残しながら、危険が高い部分を家族が補う形を探しました。ただし、状態は変化していくため、以前は大丈夫だった範囲も定期的に見直す必要がありました。

位置情報を確認できる方法も検討した

外出時の安全を考え、スマートフォンの位置情報共有や、専用のGPS端末なども選択肢になります。本人が電話へ出られなくても、現在地を確認できれば、家族が迎えに行きやすくなります。

ただし、端末を持たずに外出する、充電が切れる、屋内や地下で位置情報がずれるといった可能性があります。位置情報機器だけを頼りにするのではなく、連絡先、地域の見守り、家族の確認などと組み合わせる必要があります。

本人の行動を常に監視していると感じさせないよう、導入する目的をできる限り説明し、プライバシーにも配慮することが大切です。

私たちが確認したこと

  • どの駅や乗り換え場所で迷うことが多いか
  • 行きと帰りのどちらで分からなくなるか
  • 駅名や現在地を家族へ伝えられるか
  • 乗車証や交通系カードを必要な場面で使えているか
  • 同じ経路でも、以前より移動に時間がかかっていないか
  • 財布や手帳に家族の連絡先が入っているか
  • 電話やスマートフォンを外出時に持っているか
  • 帰宅後に本人が強く疲れていないか

一度でも迷ったからすべての外出が危険とは限りません。一方で、無事に帰れたから問題がないとも言えませんでした。

今なら早めに行いたい対策

  • 本人と一緒に、よく使う経路を実際に歩いて確認する
  • 乗り換えの少ない経路へ変更する
  • 目的地と家族の連絡先を書いたカードを持ってもらう
  • 財布やかばんへ名前と連絡先が分かる物を入れる
  • 普段の服装や顔写真を定期的に撮影しておく
  • スマートフォンの位置情報共有やGPS端末を検討する
  • 地域の見守り・SOSネットワークについて自治体へ確認する
  • 外出の時間帯や帰宅予定を家族で共有する
  • 迷いが増えた経路は、家族が付き添う形へ変える
  • 本人が行方不明になった場合の連絡手順を家族で決めておく

自治体によっては、認知症のある人の事前登録、見守りシール、GPS端末の貸与・購入助成、地域の捜索ネットワークなどを設けている場合があります。利用できる制度は地域によって異なるため、地域包括支援センターや自治体の高齢者担当窓口へ確認することが大切です。

行方が分からないときは、早めに警察へ連絡する

予定時刻を過ぎても帰宅せず、電話にも出ない場合は、「もう少し待てば帰ってくるかもしれない」と家族だけで探し続けないことが大切です。

警視庁では、家族などが行方不明になった場合は、すぐに110番をするか、警察署へ届け出るよう案内しています。本人の最近の写真、服装、持ち物、よく行く場所、利用する交通機関などを、すぐ伝えられるよう準備しておきます。

行方不明になった場合

本人の行方が分からず、安全が確認できない場合は、ためらわず110番または警察署へ連絡してください。家族だけで探している間に移動範囲が広がる可能性もあるため、早い段階で相談することが大切です。

後の迷子につながる初期の変化だった

この頃の母は、まだ毎回道に迷っていたわけではありません。長年使ってきた道を覚えており、一人で帰宅できる日も多くありました。

それでも、乗り換えの途中で突然分からなくなる、乗車証を持っていても使用できない、電話で案内しても次の行動へつながらないという小さな変化が現れていました。

後に母は、自宅や施設の中でも迷うようになります。振り返ると、この時期の移動の変化は、後の迷子につながる初期のサインの一つだったのだと思います。

ただし、一度道に迷ったことだけで認知症と判断することはできません。慣れた場所での迷いが繰り返され、日常生活や安全へ影響している場合は、医療機関や地域の相談窓口へつなげることが大切です。

迷子への具体的な対策

自宅や施設内で迷うようになった母に、家族が実際に試した対策は、次の記事で詳しく紹介しています。

認知症の家族が自宅や施設内で迷子になるときの対策|実際に試した7つの工夫

2021年2月の介護認定調査用メモを振り返って

2021年2月8日の介護認定調査用メモには、金銭管理、医療、手続き、日常生活について、当時の小さな変化が記録されていました。

一つひとつの出来事だけを見れば、年齢による物忘れや、たまたまの失敗にも見えます。しかし、複数の変化が重なり、母が一人で暮らすために家族の支援を必要とする場面は確実に増えていました。

電話で普通に話せる。電車に乗れる。料理を始められる。買い物へ行ける。その一方で、行動の目的や手順を保ち、安全に終えることが難しくなっていました。

このメモからまとめた日常生活編は、今回で一区切りです。記録を残していたことで、当時は点に見えた出来事を、後から一つの経過として振り返ることができました。

この記事について

この記事は、母と家族の介護経験を記録したものです。道に迷う、切符の買い方が変わる、乗車証を使わなくなるといった行動だけで、認知症と判断することはできません。慣れた道での迷いが繰り返される場合や、本人の外出時の安全に不安がある場合は、かかりつけ医、専門医、地域包括支援センターなどへご相談ください。

認知症初期の記録

前回の記事では、吸ったことを忘れたようにたばこを続けて吸い、前髪や床の焦げ跡から火災への不安が強くなった時期を振り返っています。

【認知症初期の記録⑰】吸ったことを忘れて、たばこを続けて吸う母

参考情報

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